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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10097号 判決 1955年6月13日

原告 米津藤一

被告 株式会社倶楽部麗都

主文

被告の昭和二九年四月三〇日の定時株主総会における「峰尾義夫を取締役に選任する。」旨の決議を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分して、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

『一 被告の昭和二九年二月三日の臨時株主総会における、「峰尾義夫を取締役に選任する。」旨の決議は、存在しないことを確認する。

二 被告の同年四月三〇日の定時株主総会における

「(一) 昭和二八年事業年度決算を承認する。

(二) 昭和二九年事業年度予算を取締役社長に一任する。

(三) 峰尾義夫を取締役に、中島盛雄、津田蔓枝を監査役にそれぞれ選任する。」

旨の決議を取り消す。

三 被告の昭和二九年五月二二日の取締役会における、「額面五〇〇円、記名式普通株式六、〇〇〇株を発行価額一株につき五〇〇円で発行し、その払込期日を同年六月三〇日とする。割当方法は、同年五月二五日現在の株主名簿登載の株主一〇名に対して、その所有株式一株につき三株の割合をもつて割り当てる。申込期間は、同年五月二七日より同年六月二五日までとし、株主が割当株式を引き受けない時は、当会社の他の株主に割り当てることとする。」

旨の決議は無効であることを確認する。

四 被告が、昭和二九年六月三〇日にした額面五〇〇円、記名式普通株式六、〇〇〇株(発行価額一株につき五〇〇円)の新株発行は無効とする。

五 訴訟費用は被告の負担とする。』

との判決を求める。

第二請求の原因

一  被告はカフエー及び飲食店の経営を主な目的とする株式会社であり、原告はその株主であるとともに、取締役の地位にある。

二  被告は、昭和二九年二月三日、本店において臨時株主総会を開催し、請求の趣旨一の決議をしたとして、その旨の登記を経た。しかしながら、このような総会が開かれた事実は全くなく、したがつて右のごとき決議も存在するわけはないからその存在しないことの確認を求める。

三(一)  被告は、同年四月三〇日、本店において定時株主総会を開催し、請求の趣旨二の決議を為し、役員選任の点についてはその登記を経た。

(二)  しかしながら、右決議はつぎに述べるような理由により、取り消さるべきものである。

(1)  この総会の招集については、取締役会の決議がなされていない。

(2)  この総会の招集通知は同年四月二八日に発せられ、会日までに二週間の法定期間がない。もつとも、被告は同月一日附で、株主に対し、同月一六日午後一時本店において、(イ)昭和二八年事業年度決算報告並びに承認の件、(ロ)翌年度予算承認の件、(ハ)取締役、監査役選任の件を議題とする株主総会を開催する旨の通知を発した。ところが、同月一五日に至り、右総会を期日を定めずに延期する旨通知し、さらに、同月二八日には突然、先に延期した総会を同月三〇日に開催すると通知して来たのである。それ故、三〇日の総会の招集通知は結局二八日に発せられたことになる。

(3)  四月三〇日の総会においては、その場で取締役峰尾義夫から辞任の申出があり、その辞任に伴う欠員の補充として、改めて同人を選任したのである。しかるに、右総会の招集通知には、取締役監査役選任の件とあり、このような記載は会日に至り、取締役の辞任申出に伴い、その補欠取締役を選任する場合に流用することは許されず、結局通知がない事項を決議したことになる。

四(一)  被告は、同年五月二二日本店で取締役会を開催し、請求の趣旨三の決議をした。

(二)  しかしながら、右決議はつぎに述べるような理由により無効である。

(1)  被告の定款第二四条によれば、取締役会を招集するには、会日より五日前に、各取締役に対しその通知を発しなければならないのであるが、この取締役会の招集通知は、同月一八日になされた。

(2)  商法は、株主の新株引受権の有無又は制限に関する事項を、定款の必要的記載事項としているところ、被告の定款においてはこの点について、第八条に「当会社の株主に対しては取締役会の決議により、新株引受権を与えることができる。」と規定するのみであつて、株主の新株引受権の有無及び制限を明定していない。かゝる規定は、株主の新株引受権の有無を取締役会の決定に委ねることにひとしく、法の意図するところに反し、新株引受権に関する規定としては無効である。したがつて、この規定に基く一切の行為は無効と解すべきであり、この規定に基いてなされた右決議もまた無効である。

(3)  この取締役会の決議には、前記昭和二九年四月三〇日の株主総会において取締役に選任された峰尾義夫も加わつたのであつた。ところで、同人を取締役に選任した右決議が取り消さるべきものであることは先に主張のとおりで、これを取り消す判決は遡及力を有するから、右取締役会の決議は、取締役でない者が加わつてした違法のものである。

五(一)  被告は、昭和二九年六月三〇日、額面五〇〇円、記名式普通株式六、〇〇〇株(発行価額一株につき五〇〇円)を発行し、同年七月五日その旨の登記を経た。

(二)  しかしながら、右新株の発行はつぎの理由により無効である。

(1)  右発行の株式については、払込期日において、いづれの引受人からも払込がなされず、被告は秘密の積立金をもつて払込を仮装して、前記登記をしたものである。

(2)  この新株発行の前提である取締役会の決議は、前記(第二の四(二)(1) ないし(3) )の理由により無効であるから、これに基いてなされた新株発行も無効となることを免れない。

第三答弁

一  「原告の請求を棄却する」との判決を求める。

二  請求の原因一、二の事実は認める。

三(一)  同三の(一)の事実、(二)の(1) の事実、同(2) の事実中、被告が昭和二九年四月一日原告主張のような総会招集の通知を発したこと取締役峰尾義夫が(二)の(3) 記載のいきさつにより選任されたこと及びその株主総会招集の通知書に原告主張のような記載のあつたことは認めるがその他の三の事実は否認する。

(二)(1)  被告の定款第一五条に、「定時株主総会は毎年四月これを招集する。」と規定してあり、被告の定時株主総会は取締役会の決議の如何にかゝわらず四月中に開催するを要し、且つ被告の決算期は定款第三三条に年一回と規定されている。それ故、この総会の招集について、取締役会の決議を要しない。

(2)  被告は、昭和二九年四月一日に、同月一六日総会を招集する旨の通知を発したが、会日の頃は原告の個人的事情によりその出席が不可能であつた。そこで一六日の総会には議事の審議に入らず、同月三〇日に延期する旨決議し、これに基き三〇日の総会を開催した次第である。なお、一六日に原告が出席できず、延期の決議をすることは、前から判つていたことなので、原告に対しては同月一五日附で一六日の総会は延期する旨予め通知をしておき、さらに同月二八日に、一六日に延期された総会が三〇日に行われる旨好意的に報せたものである。

四(一)  請求の原因四の事実はすべて認める。

(二)(1)  被告の定款第二四条には、原告の主張するように、取締役会を開催するには、会日より五日前にその通知を発しなければならない旨の規定があるけれど、同条但書に「緊急を要する場合にはこれを短縮することができる。」旨の規定が存在し、本件の場合は、この規定に基いて通知したのであるから適法である。

(2)  被告の定款第八条は、株主の新株引受権に関する規定として有効である。

(3)  峰尾を取締役に選任した四月三〇日の総会の決議は、前記のとおり適法であるから、同人が加わつたことにより、取締役会の決議が無効となる理由がない。

五(一)  請求の原因五の(一)の事実は認める。

(二)(1)  原告主張の五の(二)の(1) の事実は否認する。新株六、〇〇〇株については、全額払込がなされた。

(2)  新株発行に関する取締役会の決議が適法であることは前記のとおりである。

第四立証<省略>

理由

原告が被告の株主であるとともに、取締役の地位にあることは当事者間に争がないところである。

一、取締役選任決議の不存在について。

原告が、被告の昭和二九年二月三日開催の臨時株主総会における、峰尾義夫を取締役に選任する旨の決議が存在しないことは被告の認めて争わないところであるから、この請求は結局確認の利益がないから、この点において理由のないことは明らかである。

二、株主総会の決議取消について。

被告の、昭和二九年四月三〇日の定時株主総会において、原告の主張するような決議がなされたことは争がないので、原告がその取消を求める点について判断する。

(1)  この総会の招集について、取締役会の決議がなされなかつたことは争がないところであるが、株主総会招集に関する取締役会決議は、会社機関内部の意思決定に過ぎないから、これが欠けていても、直ちに総会の招集手続に違法があるものとして、決議の取消原因となるものではない。

(2)  招集通知の法定日数不足の点

成立に争のない甲第五号証の二、四、証人中川国男の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一の各記載、証人中島盛雄、中川国男の各証言及び被告代表者本人尋問の結果を綜合すると、つぎの事実が認められる。

被告は、昭和二九年四月一日附で、原告主張のような定時株主総会の招集通知を発しておいたが、中島盛雄、岡田芳政が同月一三日頃原告の妻の病気見舞にいつたところ、病状重篤であるため、一六日の会日には原告の出席は不可能であることがわかつたので、当日は延期する旨を原告に伝えておき、中島の報告により会社でも延期することに予定し、一五日に原告に対してその旨通知をした。一六日の総会には発行済株式数の過半数たる一、五六〇株の株主が出席したが、席上中島から原告が前記事情の為出席できない旨説明があり、一同これを了承して議事に入らず、同月三〇日に総会を延期する旨の決議をして散会した。その後同月二八日になつて、先の総会に欠席した原告外二、三の株主に対し、一六日の総会で延期した総会を三〇日に行う旨速達郵便により念のため通知しておいたのである。

右のとおりであるから、四月一五日附の延期通知は、原告に対して一六日の総会においては延期になるからわざわざ出席には及ばないことを好意的に報せたものに過ぎず、これによつて、一六日の会日が変更されたということはできない。したがつて、一六日の総会で三〇日に延期する旨の決議をした以上、改めて招集手続をとる必要はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(3)  取締役選任決議の違法の点

被告の右総会の招集通知の議事日程中役員の選任については、「取締役(監査役)選任の件」とあつたことは当事者に争のないところであるが、成立に争のない甲第一、二号証の記載によれば、被告の取締役の定員は一二名以内と定められており、当時の取締役は三名でいずれも任期中である。そうすると、右のような記載だけでは、株主において議題の内容を知るに由なく、有効な議事日程の記載とはいえない。右総会において、辞任の申出のあつた峰尾を改めて取締役に選任したのは、結局議事日程にないことを決議したこととなるから、その決議は取消を免れない。

三、取締役会決議の無効について。

被告の、昭和二九年五月二二日における取締役会で、原告の主張するような決議がなされたことは争がないので、原告がその無効を主張する点について判断する。

(1)  招集通知の法定日数不足の点

被告の定款第二四条には原告主張のような規定があるところ、右取締役会の招集通知が、同月一八日に発せられたことは争ないが、成立に争のない乙第二号証の記載、原告本人及び被告代表者本人各尋問の結果を綜合すれば、右取締役会には取締役全員が出席し、新株発行の件について審議を行い、議案については賛否が分かれたけれども、取締役会を開くことについては何等の異議もなく議事に入つたことが認められ、このことからみれば、取締役会招集の通知とその会日との間には定款に定められた期間を存しないが、全員その開催に同意したとみるべきで、適法な取締役会であることは商法第二五九条の三の規定により明らかである。

(2)  定款第八条の効力に関する点

商法第一六六条第一項は、株主に対する新株の引受権の有無又は制限に関する事項を、定款上記載することを要求しているが、ここにいう新株引受権とは会社が将来発行すると予想されている新株の引受権である。それは、発行の時期、株式の種別、数等が確定していないばかりでなく、発行の有無も未だ確定しない、抽象的なものであつて、取締役会が現実に新株発行に関する決議をした時に、はじめて具体化するものである。

そこで、前記定款第八条の「当会社の株主に対しては、取締役会の決議により新株引受権を与えることができる。」との規定をみるに、その文言上からいえば、新株引受権の有無又は制限を直接明示した文字はない。しかしながら、右規定の文言は「株主は新株の引受権を有しないことを前提とする。但し、取締役会の決議で、これを与えることができる。」と解するのを相当と考える。すなわち、株主は、抽象的な新株引受権は有しないが、新株発行の都度、具体的新株引受権を与えられることがある旨規定しているといえよう。そうして、法が定款の絶対的必要事項としているのは、前記のとおり抽象的新株引受権の有無又は制限であるから、本規定が株主に対しては与えられてない趣旨を表示している以上前記条項の要件を充しているというべきである。それ故、この定款の規定が違法であることを前提とする原告の主張は採用できない。

(3)  峰尾義夫が決議に加わつた点

取締役が、自己を選任した総会の決議を取り消す判決の確定前に、取締役として取締役会の決議に加わつた場合には、その後に右選任決議が取り消されても、すでに適法に成立している取締役会の決議には、何等の影響も及さないと解すべきであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

四、新株発行の無効について。

原告の主張するように、新株の発行があつたことは当事者間に争がないので、原告がその発行が無効であるとする点について判断する。

(1)  払込が行われなかつたとする点

商法第二八〇条の一三にいわゆる引受のない株式とは、当初から引受のない株式ばかりでなく、引受人の払込がなかつたために失権した株式をも包含するものであるが、これ等は同法条の規定に基き、すべて取締役が共同して引き受けたものとみなされるのである。そうして、この場合においては一般の場合の例外をなして取締役等において、払込期日に現実に払込をしなくても失権しないと解されるので、原告が自ら認めるように、すでに新株発行の登記がなされた以上、もはや払込のないことを理由としてその発行の無効を主張することはできない。それ故引受人により現実に払込がなされたか否かを判断するまでもなく、原告の主張は採用できない。

(2)  新株発行に関する取締役会の決議の効力に関する点

右決議が無効でないことは前記のとおりである。

五、よつて原告の本訴請求中、主文第一項記載の決議の取消を求める部分を理由ありとして認容し、その余の部分はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条本文の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 太田夏生 宮本聖司)

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